名無し三部作 (未完成 DVDアルチメットみたら増やす予定)
ネットで拾ったトリビア  真偽のほどはわかりません

荒野の用心棒
・主人公役にはヘンリーフォンダをまずレオーネは考えた。次にジェームズコバーンにオファー。ギャラが高くて使えずチャールズブロンソンへ。しかし今まで読んだ最悪の脚本と蹴られた。その後B級映画スターとのちになったリチャードハリソンへオファーするも断られる。その際レオーネにローハイドというテレビ作品を見るよう薦めたという。れレオーネは作品をみてエリックルレミングにオファー(本当?)。フレミングは断ったがイーストウッドを推薦したという。他無名にだったスティーブリーブスにもオファーを断られているという。
・セルジオレオーネとエンニオモリコーネは子供の頃学校の同級生。この作品が初めてのコンビ作。だが当初レオーネはモリコーネの過去の作品を評価しておらず、本作品の起用にはそれほど熱をもっていなかった。しかし最初のスコアを聞かされ一変、二人の名コンビが始まった。
・マカロニウェスタンの走りとなった作品だがイタリア製西部劇はこの前におよそ25もの作品が作られていた。
・用心棒の許可をとらないリメイク作品であったが、当初タイトルは用心棒ではなく「七人の侍」の正規西部劇リメイク「The Magnificent Seven(素晴らしき七人=日本タイトルは荒野の七人)」のヒットから「The Magnificent Strange(素晴らしき流れ者)」というタイトルで撮影されていた。イタリア本国でプレミアショーのわずか3日前にタイトルがA Fistful of Dollars"(英語タイトル)に変った。ただし主演のクリントイーストウッドにはタイトル変更が伝えられずだった。イーストウッドが自分の主演している作品がヨーロッパ中で話題になっていると知ったのはそれから三週間後。アメリカのヴァラエティマガジンにイタリアで本作品が大ヒットと掲載され、代理人からの連絡でヒットしている映画は「The Magnificent Stranger」から改題されたイーストウッド主演の作品と伝えられた。
・イーストウッドはスタッフで唯一英語が話せる人間だった。
・アメリカで名無し三部作といわれているが本作では主人公イーストウッドはジョーと呼ばれている。ただし自分から名乗ってはいない。
・イーストウッドが冒頭ラバにのって首吊りの木の下と通るがあの木は撮影している場所のそばの民家から引っこ抜かれて植えられたもの。
・撮影でイーストウッドはアメリカからイタリアに黒のジーンズパンツ、テンガロンハット、タバコ、ポンチョを自ら選びもちこんでいる。タバコに関してはイーストウッドは自分のアイデアと話し、レオーネも自分のアイデアと話している。イーストウッドはタバコは映画の中でしか吸わず、コンビが続くことになった際にはタバコを吸いたくないとお願いしたという。銃やガンベルトはローハイドのものを使用。
・荒野の用心棒アルティメットエデションには収録されているが本作品がアメリカのテレビで放送される際、イーストウッド扮する主人公が金のためだけに行動するのはテレビという誰でも見られるメディアでの放送にはふさわしくないとしてハリーディースタントンがイーストウッド扮する主人公を演じ、役人にサンミゲルの街へいって悪人退治をするよう話をされるシーンが加えられている。無論レオーネもこの撮影にはかかわっていない。
・バックトゥーザフューチャー2でビフが風呂につかり映画をみてはしゃいでいるがその映画が荒野の用心棒
そして次の3では映画全体がイーストウッドのパロディで西部時代にタイムスリップした主人公は名前をイーストウッドと名乗りポンチョを着てその下に鉄板をいれて悪者と対決。なおイーストウッドは名前の使用の許可をもとめられ快くOKを出しいてる。
・1960-70年代の映画を特集する”シネマレトロ”の名無し三部作特集号によると主人公の名前はRayだったという。初期脚本の段階での話。タ撮影時のタイトルはThe Magnificent StrangerだったがRay The Magnificentというタイトルがつけられていたという。この初期脚本では映画の冒頭はアメリカとメキシコの国境の町リオブラボー。ここから主人公は川を渡るところがオープンニング。川を渡ったところでメキシカンの男が風呂に入ろうとお湯の状態を確かめていると、水がぬるい。入るのをためらうメキシカンをでかい足の蹴りが飛んできてメキシカンが水風呂に突っ込んでしまう。ここで主人公の顔のアップ。なんと主人公はメキシカンが着ていたポンチョを気に入って盗んで行ってしまうという流れだったという。
・タイトルはA Fist full Dollarsとポスターやほとんどの文献ではAがついているが劇中のタイトルではAがなくFISTFUL OF DOLLARSになっている。
・シネマレトロによると、Ty Hardin(1960年代に活躍した。1958―1962年のテレビ西部劇BroncosでBronco Layneを演じた)がレオーネから日本のオリジナルの用心棒を見せられ、西部劇でやりたいと主役の打診を受けたが、成功するわけはないと断ったと2007年のメンフィス映画際で話したという。また当時The Last Rebelの撮影で忙しかったことも理由だったとHardin。ただしシネマレトロライターはThe Last〜は1971年の映画なのでHardinの記憶違いも混じっていて疑わしいと書いている。
・黒澤明の「用心棒」のリメイクだが権利を得ず製作(のちの和解)、盗作とも言われた本作。少なくともレオーネ監督は正式なリメイクと考え製作していた。シネマレトロによると製作会社Jolly Filmからレオーネは権利は大丈夫と伝えられていた。完成後、なぜか黒澤側からの抗議がJolly Filmでなくレオーネにいった。Jolly Filmに怒ったレオーネ。さらにJolly Filmはアジアの権利と残る国の儲け15%を黒澤側に払うことで権利はクリアされたがこの15%はレオーネのギャラに当てられるものだったため、世界中でヒットしたこの映画でもレオーネはほとんどギャラを受け取ることができなかったという。

左の写真は製作国イタリアやベルギーなどヨーロッパで使われた"Noイーストウッドタイプ”のポスター。
真ん中のは映画の人気に便乗したジーンズメイカーWranglerのポスター。A Fistful Dollarsを映画館で見よう!と書いてある。イーストウッド風の男がいるが顔は似ていないしイーストウッドの名前もない。イーストウッドや映画会社に使用料も払われていない。夕陽のガンマンのときも同じようにWranglerは便乗ポスターを作っている。なおイーストウッドが劇中はいているズボンはWranglerのジーンズではなく黒のリーバイスのジーンズをブリーチしたもの。
右の写真はヨーロッパでは一番公開が遅かったイギリスへ宣伝ツアーに出たときのイーストウッド。ルパンテイストをかもし出している。イギリスは007の製作国で当時人気一番のシリーズ。ボンドガールも人気の要因になっていたというのでツアーも女性のなんとなく西部劇チックな女性三人組が用意された。

夕陽のガンマン
・本作はプロデュースが前作とは変わっている。以下はシネマレトロ紹介による夕陽のガンマンが作られるまでのいきさつ。
荒野の用心棒を作ったJolly Filmは権利の問題でレオーネにうそをつき、黒澤側に払う「用心棒」のリメイクの見返りとして世界の儲けの15%を黒澤側に払うことになったが、これは元々レオーネのギャラ。レオーネはイーストウッドで続編を作りたいが、Jolly Filmでは嫌。ただしJolly Filmとは契約で続編を作る場合Jolly Filmで作くならないといけない。Jolly Filmも契約をたてにレオーネに作らせたい。結局裁判になりレオーネの主張が認められ両者の間の契約は破棄された。このときレオーネを支援したのが元芸能界専門の弁護士だったアルベルト・グリマルディ。このとき映画のプロデューサーに転職していた。グリマルディはレオーネがフリーとなったため、続編の資金と、多くのギャラ。そして自身が購入していた西部劇の脚本「Bounty Hounter」をレオーネに渡した。レオーネはこのストーリーと設定が気に入れ、自身の撮影用台本の基本として夕陽のガンマンの脚本となった。その頃Jolly Filmがイーストウッドだけでも押させようと策略。イーストウッド本人からJolly Filmから出演依頼が来てることを聞いたレオーネはハリウッドに飛びイーストウッドに直接出演依頼。もともとJolly Filmよりレオーネとならと考えていたイーストウッドはその場でOK(ただしギャラなど契約事項に関しては保留。レオーネはなんと元々用意してあったギャラの半分のお金を提示していた)。
・For A Few Follars Moreはもっと多くのドルのために。このタイトルはレオーネが考えたもの。シネマレトロによるとJollly Filmに散々な目にあったため、世界中でヒットした荒野の用心棒以上に大金を生み出す映画を目指しこのタイトルを考えたという。
・モーティマ役にレオーネはリーマービンを考えていた。またロバートライアンも考慮された。
・モーティマ役のリーヴァンウリーフはイーストウッドより早撃ちであると視聴している。作品では銃を抜いて撃つまで3フレームなので1秒24コマとすると1/8秒。
・名無しシリーズ第二弾だが本作のイーストウッドは"Monco"と呼ばれている。イタリア語で"片腕”などという意味。イーストウッドは登場シーンのシークエンスでポーカーをやっている荒くれ者と殴り合いを演じるがこの際左腕だけでチョップなどを入れている。右腕はつねにポンチョの下の銃に手をかけておりつねに撃てる体制になっている。ゆえ"片腕の男”という意味で"Monco"というニックネームになっている。
・イタリアの法律的には荒野の用心棒と夕陽のガンマンの主人公は別人。荒野の用心棒のプロデューサーAlberto Grimaldiはレオーネ監督と仲たがい、ゆえ夕陽のガンマンが作られた時、主人公"Joe"のキャラクターの権利は自分にあると法的に訴えたのだ。しかし裁判所はイーストウッドの演じるヒーローは同一人物ではなく、キャラクターの類似性は西部劇のヒーローの典型であるため同一人物ではないとした。なおレオーネ自身も三部作のヒーローを同一人物として演出していないとされている。
・とはいうものの同じ服装をしているのは事実。ポンチョは三部作を通じ同じものを使っている。荒野の用心棒で主人公は鉄板を入れていた胸部に銃弾を何発も浴びている。この際撮影では火薬をしかけているためポンチョには穴が開いている。ゆえ本作では補修してポンチョを後ろを前にして使用された。いくつかのシーンで補修のあとが見られる。荒野では胸にあいた穴の補修跡は左肩の上のほうに見える。
・モーティマ役が決まらずレオーネは金を握りアメリカへ。そのころヴァンクリーフは仕事がなくおちこぼれ。家の電気代も払えない状態におまけに病気がち。そのファンクリーフを見たレオーネはモーティマがここにいたと喜び出演を依頼。ヴァンクリーフは飛びつき数日後にはイタリア行きの飛行機へ。
・オープニングの見えない狙撃者が馬に乗る男を撃つシーン。バックの口笛はレオーネが吹いている。
・撮影中のタイトルは「Two Magnificent Strangers(素晴らしき二人の流れ者)」だった。
・シネマレトロによるとインディオは初期脚本では「Tombstone」という呼び名だった。
・2011年2月25日から放送されたシャネルのホワイトニングライン「ル ブラン」のCMの音楽に本作のオルゴールの曲が使用された。
・下の写真はカットされたシーン。右のおっぱいお姉さんはホテルの女主人。映画ではイーストウッドがホテルにチェックインするときに色目を使っていた。その後二人のベッドシーンがあったが主人公のキャラにふさわしくないとカットされた。夕陽のガンマンでは、他にも女性がらみのシーンがカットされている。お金を奪ったインディオ達。町から金庫を奪い隠れ家で宴会するシーン。町からつれてきた女性を騒ぐシーンもカットされた。


続夕陽のガンマン
・映画が始まり10分以上セリフがない。
・当初タイトルは「The Magnificent Rogues(素晴らしき悪党ども)」という名で進行していた。
・今回のイーストウッド演じる主人公はブロンディーと呼ばれる。金髪という意味で単にメキシカンのトゥコがアメリカ人という意味で使っていると思われる。
・英語タイトルはThe Good,The Bad and The Ugly。アメリカの映画の宣伝でなぜか、ヴァンクリーフ演じるエンジェルアイズがUgly、イーライウォラック演じるチュコがBadになっている。理由はイタリア語の元々の題を英語に直すとThe Good,the Ugly,the Badの順になっている。ゆえイタリアの宣伝ではそれにならい、イーストウッド登場でGood,ウォラック登場でUgly、ヴァンクリーフ登場でBadとなっている。アメリカの予告編はこのイタリアの予告を英語に変えたもの。 英語タイトルをGood,Bad,Uglyの順番し、ままイタリアのフィルムに役割を単純に振ってしまったためこのようなミスが起きてしまった。
・ウォラックはガンベルトにホルスターではなくひもに銃をつるしてベルトで抑えているいる。これはウォラックが銃を戻す際ホルスターをみないと銃を戻せないと話したためこうなった。ところが細かい演出が好きなレオーネ。ウォラックが銃を抜く時は首を振って銃をふり戻るところを手にとって撃つスタイルを求めたがそんなことが出来ずレオーネも試しにやったところ難しくボツとなった。
・20万ドル分の金貨を求めるこの作品。2006年の金の価値では600万ドルに相当する。
・あまりにも有名な橋を爆破のシーンの取り直しの話。これはウォラックが語った話。撮影されていたスペインの軍の上官に爆破にスイッチを押すことをレオーネは敬意をもってお願いした。レオーネは"Vai!(Go)"という合図でスイッチを押すようお願いした。ところが無線でレオーネ-上官の間のものと同じ周波数を他のスタッフが使っていたため事件はおきた。スタッフが何かしらの"Vai"を別のスタッフに送ったためレオーネの声と思い反応した上官がボタンを押してしまった。フィルムは回っておらずレオーネは怒りそのクルーを首。おろたえる上官は自らの部下を総動員して橋を作り直しので解雇したスタッフも戻してくれと提案。再び橋は完成して撮影は行われた。なおこの爆破シーンでイーストウッドとウォラックは橋のそばで隠れている設定だがイーストウッドはレオーネに爆破するとして危ないと話たがレオーネは危なくないと答えた。ならスタッフはとイーストウッド。レオーネが指差したのははるか離れた場所だった。イーストウッドは怒って抗議したという。
・ラストのお墓はこれもスペイン軍総勢250人で撮影用に作られたもの。
・手錠を汽車の車輪で切断するシーン。寝ているウォラックのわずか上を汽車のタラップが通過。あやうく死ぬところだった。
ところがフォーカスが甘くなったというのでレオーネはウォラックに”もう一回”。ウォラックは死にたくないのでスタッフに線路脇に体が入る穴を掘らせ、頭の位置が低くなるようにした。2度めの列車が通り過ぎた後カメラマンが”ウォラックが映ってないぞ!”。ウォラックは"このカットじゃ二度と俺は見えないよ”とこれ以上頭を上にすることを拒否。結局最初のカットが使われた。
・女性の出番が少ないシリーズ。しかし初期のバージョンではメキシコの売春婦とからむイーストウッドのシーンがあった。
・レオーネの英語はいまいち。ウォラックはイタリア語は話せない、二人はフランス語で話したという。
・風呂にはいっているウォラックを狙う片腕のガンマン。ところが俳優Al Mulockはセリフが覚えられない。怒ったレオーネはMulockにセリフはどうでもいいから1から10まで話しながら演技しろといった。あとでセリフは他の人間によりアテレコされた。
・主役三人以外はイタリア語で話あとで全部入れなおしている。元々イタリアではセリフは後で入れるという習慣。
・チャールズブロンソンはトュコとエンジェルアイズ両方の役を断った。実はトゥコの役は受けたのだが特攻大作戦の撮影があったため流れてしまった。
・レオーネはトュコに最初ジャンマリアボロンテを考えていた。
・Jack Elamは風呂に入るトュコを殺すガンマンの役を断った。
・ラスト黄金のエクスタシーにのり目的の墓をさがして走り回るトュコ。一匹の犬が横切るがこれは現場のアイデア。演じるウォラックは犬が横切ることをしなかったので犬をみて驚いているのは演技ではなく本当に驚いている。
・金貨の入った袋をスコップで破り明けるウォラック。この袋が破れやすいように酸性の液体で布を弱くしておいたのだが、この酸がレモンソーダのビンにいれてあった。ウォラックはそれとは知らず飲んでしまった。吐き気をもよおしたウォラックはミルクを飲んで、口の中が酸のすっぱさでいっぱいの中の演技だった。
・オーソンウェルズはレオーネに南北戦争を扱った映画はヒットしないからやめたほうがいいと忠告した。
・ウォラック演じるトュコは銃器店でさまざまな銃をばらばらにして、好みのパーツで自分の銃を組み立てる。この店でのシーンはすべて脚本になかったもの。ウォラックは銃の知識に乏しかった。それでも好きにやってあの出来だった。なお第二次世界大戦の頃、日本のエースの有名な戦闘機乗りに同じようなエピソードがある。カメラがすきだったがライカは高くて変えない。しかし香港でなら安く買える。部下とともに休みにカメラ店にはいり店にあるライカ三台すべてをショーケースの上にもってこさせた。そしてカメラをばらばらにして好きな部品を組み合わせて好みのライカにして購入したという。
・この映画ではブロンディーは Colt 1851 cartridge conversion revolver をローハイド時代から愛用しているシルバーのヘビのグリップで、ライフルはWinchester1866を使用。トュコはColt 1851 Navy percussion revolver をエンジェルアイズはRemington 1858 Army percussion revolverを使用。
・モリコーネの傑作黄金のエクスタシー。メタリカのライブの定番にもなっている。
・レオーネはのちにヘンリーフォンダ、チャールズブロンソンで「ウェスタン」と撮っているが冒頭三人の殺し屋が殺されるシーンがある。レオーネはこの三人の殺し屋をイーストウッド、ヴァンクリーフ、ウォーラックの三人に演じてもらおうとオファーをだしたがうち二人に断られたという。
また話は三部作からそれるがこのウェスタンで鉄道の駅に女性が現れるシーン。、イーストウッドファンおなじみ、Back To the FuterVでマイケルJフォックスが鉄道の駅に現れるシーンでオマージュとして同じようなつくりにしている。

・映画「荒野の七人」(60)の俳優イーライ・ウォラックさんが、現地時間24日に亡くなった。98歳だった。イーライさんの娘のキャサリンさんが彼の死を報告したと「ニューヨーク・タイムズ」紙は伝えている。
イーライさんは1940年代から俳優として活動を始め、ブロードウェイ「The Rose Tattoo」で1951年にトニー賞を受賞。映画「ベビイ・ドール」(56年)でスクリーンデビューを果たし、「荒野の七人」や「荒馬と女」(61年)、「おしゃれ泥棒」(66年)などの映画に出演して活躍した。また、テレビシリーズ「Poppies Are Also Flowers」では1967年にエミー賞助演男優賞を受賞。その後も俳優としての活動を続け、映画「ゴッドファーザー PART III」(90年)や「ホリデイ」(06年)に出演し、2010年の「ウォール・ストリート」が遺作となった。また、2010年にアカデミー名誉賞を受賞している。
私生活では1948年に女優のアン・ジャクソンと結婚し、3人の子供に恵まれた。
【ハリウッドニュース編集部】[2014年6月25日17時18分]


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